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堤はいつごろまであったのか?

  • 小林孝男
  • 2016年9月12日
  • 読了時間: 1分

 梅田川を堤で堰き止めて作ったため池(堤通の名称の由来)は、いつ頃作られ、いつ頃まで利用されていたのだろう。「五釐掛絵図」(元禄4~5年、1691~1692)には、はっきりと堤(ため池)が記されているし、それより古い「奥州仙台城絵図」(正保2~3年、1645)にも、堤の一部が記されている。城下町建設の初期の時代に作られたと考えてよいのだろうか。

 また、「宮城縣仙臺區全圖」(明治13年、1880) には、まだ堤が記されている。しかし、「最近實測仙臺市街全圖」(明治33年、1900)では、堤はすでに消えている。この10年間のどこかの時期に、300年ほどの間の役割を終えて堤(ため池)はなくなったのであろう。


 
 
 

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