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広瀬川・松淵でのバプテスマ

  • 小林孝男
  • 2016年9月24日
  • 読了時間: 2分

 キリスト教では入信の際に、「バプテスマ」と呼ばれる礼典を行います。古くは全身を川の水に沈める形で行いました。それでバプテスマを「浸礼」と訳したりします。いわゆる「洗礼」は、簡略化されたスタイルのバプテスマです。

 プロテスタントのバプテスト派は、昔ながらのバプテスマのスタイルを大切にしている教派です。尚絅学院はバプテスト派の宣教師によって生み出された学校ですが、女学生が広瀬川でバプテスマを受けている様子が写されたかなり昔の貴重な写真があります。川の中にバプテスマを授ける牧師と、バプテスマを受ける女学生が見えます。そして女学生たちがその様子を見守っています。彼女たちは同じような袴をはいているようです。ということは、この写真は1900年(明治33年)以降のものでしょう。「尚絅女学校」は、その年に制服としてお納戸色の袴の着用を定めているからです。バプテスマは尚絅のすぐそばの広瀬川で行われたことは確かですが、広瀬川のどのあたりだったのか、正確な場所を調べかねていました。

 先週、日本基督教団仙台ホサナ教会(バプテスト派の宣教師によって1880年に設立された)のご高齢の信者の方から、「私は松淵でバプテスマを受けました。」というお話を伺いました。もしかしたら写真の場所も松淵ではないかと思い、今日確かめてきました。100年以上の時の流れの中で、松淵付近の様子も変わったはずですし、現在ある中州は当時あったかどうかも不明ですが、対岸の崖の様子を写真と見比べると、そこは正に松淵でした。歴史を紐解くこと、それが小さな歴史であっても楽しいものです。

 帰路、角五郎丁の道角に鎮座する縛不動尊のお祭りがおこなわれていました。「へえ、こんなところにお社があったのか!」、新しい発見、新鮮な驚きでした。


 
 
 

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