レファレンスサービスに脱帽
- 小林孝男
- 2016年12月19日
- 読了時間: 2分

「独歩」の資料を整えるにあたって、インターネットを主に利用しますが、どうしても腑に落ちないときは、宮城県図書館を利用します。最近は同図書館のレファレンスサービスも、よく利用させていただいています。調べたい事項に関して、メールで問い合わせると2~3週間ほど時間は必要ですが、回答が来ます。どの資料の何ページに、どのような記述があるかを教えてもらえるのです。担当の方は様々な資料にあたり調べてくださっており、毎回脱帽の思いです。
仙台城築城の際、牛越渡戸の河床路を通って石を牛で運んだとされているのですが、より具体的な運搬方法を知りたくて、先日もレファレンスサービスを利用しました。一昨日届いた回答には、資料として仙台市文化財保護委員会編『仙台城』が紹介され、ご丁寧に該当箇所(P.144 ~145)の抜粋もメールに打ち込んでありました。更に他の関連資料も数種類紹介されていました。今回も脱帽。
「(5)石材の運搬の方法には地車(じぐるま)と修羅(しゅら)が用いられたと思われる。地車は二~四輪の車で、仙台では二輪のものを荷車、四輪(前輪小,後輪大)のものを荷馬車とよんでいる。当時の石運搬用のものは現在使用されているものよりも車台が低く重量にたえうるように工夫されていたと考えられる。地車は牛にひかせたらしいが、巨大な石材では数頭の牛と多人数の人力とが併用されたようである。修羅はクリ・マツなどでつくった丈夫な台枠で,荷車の車輪のないもので一種のソリと考えてよい。この利用法は路面にコロ(転木)をしき、その上に修羅を乗せてコロをころがしながら重い石を運んだわけである。地車と同じく人や牛で引くが、坂道などが急なときは、人間が後から木デコとよぶ支柱を斜めにつけて押しあげるのが普通で、一種のブレーキの作用をするテコ応用の道具も併用されていたものと思われる。また大石の巻きあげには現在でも土木工事に使われているカグラサン(絞車)や滑車なども利用されたにちがいない。いずれにせよ大量の石材運搬には人海戦術にたよったものと思われるが、一台の修羅や地車に数十人~数百人の人が綱をつけて引くことなどはごくありふれた風景であったと思われる。」



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