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寒さに負けた

  • 小林孝男
  • 2017年1月12日
  • 読了時間: 1分

 1月11日はNHKカルチャーの町歩き講座で、陸奥国分寺跡を訪れました。地下鉄東西線薬師堂駅を出ると、聖和学園の校舎が目の前に見えます。初めて行く国分寺跡は、その校舎に隣接していました。

 天平13年(741)、聖武天皇が国分寺建立の詔を出し、国ごとに国分寺と国分尼寺を作るよう命じました。日本は60余国に分かれていましたので、120余りの寺院が造られたことになります。

 陸奥国分寺建立当時、中心伽藍の敷地は2町(約240メートル)四方で、南から南大門、中門、金堂、中門と金堂の間を接続する回廊、講堂、僧坊などの建物があり、金堂の東方には七重塔があったそうです。さぞ壮観だったことでしょうが、今は礎石を残すのみです。七重塔の心柱が据えられた礎石(写真)は、1200年以上前と同じ姿で、同じ場所にあります。何かとても不思議な感じがしました。七重塔自体は承平4年(934)落雷による火災で焼失し、その後再建はされなかったようです。

 ガイドの方からいろいろ説明を受けながら歩いたのですが、毎日暖かい部屋でほとんどの時間を過ごしているもので、少し油断していました。防寒対策をかなり甘くみていたのです。骨身に染みるその日の寒さにギブアップ、途中で脱落せざるをえませんでした。急いで向かった地下鉄駅で、同じような「脱落者」に会い、何となく一安心。


 
 
 

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