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町中の信仰心

  • 小林孝男
  • 2017年3月23日
  • 読了時間: 2分

 以前はあまり意識しませんでしたが、町歩きをするようになってから、町中に鎮座する小さなお社の多さにびっくりしています。近代的なビルの合間に、あるいは静かな住宅街に、また交通量が多い道路沿いに、それらはひっそりとたたずんでいるのです。朽ちた木造の社があり、立派なコンクリート製のがありと様々ですが、忘れられているような存在でありながら、決して忘れられることなく、多くの個人やお店の支援ですっと維持されてきたのです。すごいことだと思います。ご近所の方が柏手を打ち熱心にお参りをする姿も、町中の神社ではよく見かける光景です。

 東北大学農学部の跡地は都市開発により大きく様変わりするのでしょう。隣接する雨宮神社はどうなるのでしょう。そのお社は、旧制二高北六番丁校舎で使用されていた奉安殿を再利用したものであり、今となっては貴重な歴史的建造物です。他人事ながらこの神社の将来が気になるところです。しかし、恐らくは心配無用なのでしょう。近代的に変化する予定のこの敷地の中で、しっかりと居場所は確保されることになると思います。地域の人々の信仰心は、普段ははっきりとは現れないかもしれませんが、いざという時には氏神を守るために、覚醒するはずだからです。粗末に扱うことなど地域の方々の信仰心が許さないでしょう。

 元櫓丁の紫稲荷大明神のお社は、かなり傷んでいます。外見的にはお世辞にも立派とは言えない建物です。しかし、掲示されている芳名板には、毎年行われる祭典を支えるために協力し、奉納金を捧げた有名老舗がずらりと名を連ねています。地域の氏神としての存在感をいかんなく発揮しています。忘れられた存在のようで決して忘れられておらず、無くなりそうな存在でありながら決して無くならない、町中のお社はそんなしぶとさを伴った存在なのです。それもこれも、地域の人々の素朴で根の強い信仰心が、潜在的に受け継がれてきているからなのでしょう。


 
 
 

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