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青空とレンガ色の壁

  • 小林孝男
  • 2017年6月27日
  • 読了時間: 2分

 若林城は、政宗が寛永4年(1627)隠棲の目的で幕府の許可を得て建築に着手し、住居した場所です。若林城の造営工事に伴って、家臣や町民も移住させられ若林城を中心に小城下町が形成されました。寛永13年(1636)に没するまで約8年間、政宗はここで生活しました。没後建物は解体され、青葉城二の丸の建材として再利用されたと言われています。若林城はまったく短命の城でした。

 この場所に宮城集治監が建設されたのは、明治12年(1879)のことです。そして西南の役の「賊徒」が収容されました。現在は1000名収容規模の宮城刑務所がこの地にあります。

 私は67年間仙台に住んでいますが、宮城刑務所を直に目にするのは今回が初めてでした。若林城址がそのまま刑務所として利用されていること自体に、何か感慨深いものがあります。政宗が生活した同じ場所に、今は犯罪者が罪を償うために生活している。想像力が追い付かず、なかなか両者を結び付けられないでいます。

 刑務所の入口は近代的な建物ですが、周囲を歩くにつれて近代的なものは姿を消していきます。見えるのは若林城を取り囲んでいた六郷堀の流れであり、刑務所の内と外の境としてそびえる高い塀です。清々しい青空のもとレンガ色の壁は美しくさえありました。ちょっと感動ものでした。やはりこちら側からでは、塀のあちら側の現実をどうしても想像できません。だからこそ、塀の外見にすら感動できるのでしょう。内側の現実や受刑者が犯した犯罪の実態、それによって大きく人生を狂わされたであろう被害者の現実などを少しでも実感できるなら、あのレンガ色の壁が、美しいものとして心に響くことはなかったことでしょう。


 
 
 

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