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無知の知

  • 小林孝男
  • 2017年8月11日
  • 読了時間: 2分

 中学校の校歌は、歌詞を見てもメロディーが思い出せなかったのですが、小学校の校歌は、歌詞もメロディーもなんとなく覚えています。“ 朝日たださす仙台市 上杉山の若き子は 知能勝れて品高く​・・・”​。「上杉山(通)」が名前につく学校に、9年間通っていましたが、子供でしたので「上杉山(通)」​という言葉自体に興味を持つことはありませんでした。大人になってからも同様です。この年になり、町歩きや、城下町仙台に興味を持つようになって初めて、「上杉山(通)」とは何ぞやと関心を持つようになりました。インターネットで調べてみると、以下のようなことであることが分かりました。

 ​ 台ノ原丘陵は仙台城下にとって左翼の防御地帯で、忠宗、綱村が相次いで杉を造林したので、後には鬱蒼とした杉の大森林となり、「杉山台」という地名が生じました。堤焼の初期に杉山焼と称したのは杉山台の「杉山」であり、「上杉山通」「中杉山通」「杉山通」の町名があるのは、そのいずれも、北は杉山台に通ずる道であるところから生まれた通名です。​恐らくお城に近い方を「上」杉山と称したのでしょう。​幕末から明治にかけて杉山台の杉は、建材として年とともに伐採され、杉山台は名実ともになくなり、そこで杉の字を除いてただの「台ノ原」と呼ぶようになったとのこと。​ なるほど、そういうことなのかと合点がいきました。

 身近なことで知らないことは、たくさんあるものです。人間、死ぬまで学び続けても、知らなければならないことのほんの一部しか、知ることはないのでしょう。​


 
 
 

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