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誠実さは信頼と親近感を生む

  • 小林孝男
  • 2018年1月26日
  • 読了時間: 2分

 東北のバプテストの歴史を学ぶ際、ハリストス正教会との関係を無視することはできません。そして正教会について学ぶ際、仙台藩士との関係を無視することができません。なにせ多数の旧仙台藩士が正教会の信者となり、さらには伝道者となって、各地への布教に努めたからです。北海道以外の日本内地の正教伝道は、まず仙台から始まったのです。

 仙台で正教会の最初の講義所となり、また後に仮会堂となったのは、仙台藩士小野荘五郎の屋敷とされています。その屋敷がどの辺にあったのか、とても気になっていました。手元の資料では、東一番丁と南町通付近ということしか分かりませんでした。何とかその場所を突き止めようと、江戸時代の古地図を何枚か開き、虫眼鏡で「小野」姓の屋敷を探してみました。すると、安政3~6年(1856~1859)に作られた「安政補正改革仙府絵図」の東一番丁・南町通南西角に、小野新十郎なる人物の屋敷を確認することができました。ひょっとして荘五郎と新十郎は何か繋がりがあるのではと考え、大変不躾でしたが仙台ハリストス正教会のHPの問い合わせページを利用して、お尋ねしてみました。すると司祭様からすぐお返信をいただき、小野荘五郎のご子孫の方に問い合わせてくださった結果を伝えてくださり、さらに小野家系譜の資料や関連の論文資料を送ってくださったのです。それにより、小野新十郎は荘五郎の兄であることが分かりました。新十郎は文久2年(1862)、35才の若さで亡くなっていますが、跡を継いだのは弟の荘五郎ではなく、新十郎の息子でした。荘五郎はまだ幼い兄の息子を、跡継ぎにふさわしい者に育てようと熱心に教育したようです。荘五郎は兄の広大な屋敷の奥座敷で生活していたようで、その奥座敷が講義所となり仮会堂となったのでしょう。場所が特定できたことに、とても充実感を覚えました。

 これら一連の作業を通して、仙台ハリストス正教会に対する私のイメージが一変しました。今までは距離を取って客観的な視線しか向けていませんでしたが、その距離が大幅に縮まると同時に、誠実で信頼できる相手として、とても親近感を抱く存在となりました。言葉巧みに正論をいくら述べるとしても、その相手に誠実さが感じられなければ、信頼の気持ちも親近感も沸いてこないものです。とても良い経験をさせていただきました。有難うございました。


 
 
 

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