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滝道に思う

  • 小林孝男
  • 2018年3月17日
  • 読了時間: 2分

 青葉区西北部に滝道という住居表示地区があります。もともとは、「滝に至る道」という意味で名付けられた古くからの道が、実際にあったのでしょう。それがどこなのかずっと気になっていました。市内中心部から来ると、「共済団地入口」の次に「滝道入口」という名前のバス停があります。そして進行方向左手に急勾配の坂道があり、「ひょっとしたらこの坂が、昔から滝道と呼ばれていた道なのか?」と思ったこともありました。しかし、地図を眺めているうちに、「ああ、これは滝道という住居表示地区の入口の道に過ぎないのだ」と気付きました。

 さて、その近辺で滝と言えば、思いつくのは中山鳥滝不動しかありません。その昔、 政宗が猪狩を催した時に,滝壺から金色の鳥が現れ,金の御幣に変わったことから政宗が鳥滝不動尊と称するよう下令したとか、いやいや綱村が鹿狩りでここを訪れた際、滝口に一羽の白鳥を見つけ、よく見るとそれは滝に祭ってある石仏の幣束で、感動した綱村が鳥滝不動と名付けよと言ったとか言わないとか。いずれにせよ由緒ある滝だったようです。

 昭和41年(1966)年9月25日の豪雨により、宅地開発途上のその地に土石流が発生し、鳥滝不動の本堂など5棟が全半壊、死者も出ました。このとき滝が埋まり落差が減少、流量も少なくなってしまったとのこと。実際、現在の滝は水がちょろちょろと滴り落ちる程度の滝です。でも昔はそうではなかったのでしょう。この滝に至る道こそ、滝道であると推論しました。

 そのような視点で昭和5年(1930)の地形図をよく見てみると、荒巻本沢の変則的な五叉路から鳥滝不動に向かう道が確認できます。道幅も2m以上あり獣道ではありません。そして重要なことは、ローソン仙台川平一丁目店あたりから分岐して朴沢学園方向に向かう現在のバス道路が、まだ存在していないことです。ですから正にその道は、滝に至る道そのものなのです。昔の人が、どの範囲を滝道と呼んでいたかは不明です。荒巻本沢の五叉路からなのか、あるいはかつての荒巻温泉あたりからなのか、今ならまだ古老にインタビューすれば、何か情報を得ることも可能かもしれません(滝道という住居表示地区との関連で言えば、後者のような気がします)

 時間はどんどん過ぎ去っていきます。記録されない歴史は、時と共に人の記憶から消去されていきます。記録に残すことの大切さや、その記録を保存し次代に継承することの大切さを、最近つくづく感じているところです。


 
 
 

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