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♫ケセラセラ

  • 小林孝男
  • 2018年6月1日
  • 読了時間: 2分

 散在していたものが集合すると力が生まれます。満興寺(根白石)で見た無縁仏がそうでした。広 い境内に忘れられた存在として散在し、ひっそりたたずんでいるだけの無縁仏ならば、あまり気にも留めずに通り過ぎてしまうところです。しかし、一カ所に整然と集められ、ひしめき合う無縁仏の前では、足を止めざるを得ませんでした。同時に、その場に何か力が沸き出ているような感覚をいだきました。生年も、没年も、 名前も分からない沢山の人たち。歴史から忘れられた群衆。しかし、一人ひとりは確かにこの世に生を受け、一生懸命にこの地に生きたのです。喜怒哀楽を味わいながら、その人にしか生きることのできない特別で、貴重で、意味のある人生を、間違いなく送っていたのです。そのことを証言してく れる人は、もちろんこの世にはもう誰もいません。唯一の証は墓石だけですが、既に忘れ られた存在となっている無縁仏一基の放つ声など、あまりにもかすか過ぎて無きに等しいものです。しかし、 それらが集合すると、かすか過ぎる声も重なり合い、響き合い、次第に増幅され、まだまだ小さくはあるのですが、その声が伝わってきそうな気がしてきます。満興寺の無縁仏の集合体の前で私の心が感じた力の源は、忘れられたおびただしい人々の小さな小さな心の声だったのでしょう。

 いずれ私も同じ道を辿ります。何百年か後には完全に忘れられた存在となります。墓石に刻まれた名前も、いずれは風化し消えて無くなってしまいます。それはそれでいいではありませんか。10代前まで遡って数えると私の先祖の数は約1千人、20代前までだと約100万人、30代前まで遡って数えると約10億人になるそうです。全く知らない方々のおびただしい数の命を受け継いだ私にとって大切なことは、無数の先祖たちの生と死の上に、今の私の生が正に「奇跡」として成り立っていることへの感謝と感動を忘れずに、精一杯生きること以外にありません。 後のことは♫ケセラセラ(なるようになるさ)です。


 
 
 

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