後悔先に立たず
- 小林孝男
- 2018年7月26日
- 読了時間: 2分

便利な世の中です。Baptist Missionary Magazineというアメリカン・バプテストの宣教雑誌が、200年前に発行されたのですが、1909年までに発行されたものは、インターネットですべて閲覧できます。BMMには宣教師の活動報告などの貴重な手紙が、多数収録されています。
さて、尚絅学院は宣教師が、個人的関心から生み出した学校ではなく、彼女たちが働きの場としていた仙台浸礼教会が生み出したものと捉える視点が大切であると、今頃になって気付きました。現役だったころの私は、仙台浸礼教会に関しては、ほとんど興味を持ち合わせませんでした。ただただ、ミードがどうの、ブゼルがどうの、ということに終始していた気がします。恐らくそれでは、尚絅を生み出した背後にある祈りや願いやビジョンを、正確に理解することはできないのでしょう。遅きに失しましたが、贖罪の意味も込めて、いまBMMを紐解きながら、少しずつ仙台浸礼教会の初期の歴史を辿っているところです。
幸い月に一回ある集会で、このテーマでお話をする機会が与えられていますので、楽しみながらその作業を行っているところです。丸1年経ちましたので、これまでの内容をこのホームページに掲載することにしました。目次の「BMM」を開いていただけますと、お読みいただけます。暇で暇で何もすることがない方は、どうぞ「BMM」を訪問してください。
それにしても200年前から、この様な宣教雑誌が発行され、継続されてきたことには感服させられます。しかも、それを自由に閲覧できるというシステムが、当然のことのように整えられていることには脱帽です。アメリカのキリスト教文化の広さと深さを、感じざるを得ません。遠慮しないでその恩恵に浴し、大いに活用させていただきます。それにつけても、学生時代になぜもっと努力して、英語力を身に着けておかなかったのか、後悔しきりです。



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