大罪を犯す
- 小林孝男
- 2018年8月20日
- 読了時間: 2分

月に1回ですが、名取市ゆりが丘にある尚絅学院大学の礼拝堂を会場に行われている集会で、お話をする役割を与えられています。集会といっても、参加者は10名いるかいないかです。どなたが参加されてもいい集まりですが、お話の内容はかなりマニアックなものとなっていて、とても一般向きと言えるものではありません。尚絅が生み出される前史のようなものを扱っています。尚絅を生み出した宣教師たちの働きの拠点は、明治13年(1880)に設立の仙台最初のプロテスタント教会である「仙台浸礼教会」でした。その教会がどのように誕生したのか、どのように成長していったのか、どんな出来事や事件が起きたのか。こういった事柄を、宣教師たちの手紙や報告書を少しずつ読み解きながら、そして図書館や公文書館やインターネットで、様々な資料を掘り出しながら、ゆっくり辿っているところです。
さて、学生時代、尊敬するある旧約学の先生が、「翻訳ミスのある本を出版するのは、罪だ!」と憤っておられたことが、記憶に鮮明に残っています。最近「確かにそうだなあ」と感じるようになりました。集会のお話の準備で参照した大手出版社のとある事典では、明らかに年代を間違えて、ある人物のことを紹介していました。私はたまたまその方のことを、別な資料でも調べていましたので、間違いに気づきましたが、ほとんどの場合は事典に書かれていることが事実である、と受け止めてしまうことになります。つまり、間違った内容の本を出版することは、「間違った歴史」を「正しい歴史」として定着させる、という大罪を犯すことになるのです。
苦労してまとめ上げた集会のお話の原稿は、プリントアウトしてしまうと、いかにも正しい内容が書かれているかのよう見えてくるものです。でもご用心、ご用心。出版こそしませんが、私も大罪を犯している可能性は大です。



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