言易行難
- 小林孝男
- 2018年9月20日
- 読了時間: 2分

仙台オクトーバーフェストが先週から開催されています。「オクトーバーフェスト」という言葉の響きが、なんとも魅力的で秋を感じさせてくれます。天気が良ければ日曜日にでも行ってみようと思います。何年か前に一度行ったことはあるのですが、「高い!」という印象だけが強烈に印象に残っていて、それ以来はずっとご無沙汰していました。
二三日前は、利府に梨を買いに行きました。私の秋のルーティーンです。1,000円で長十郎7個と、おまけにはねものの梨3個をいただきました。おまけの方は新鮮でとても美味しかったのですが、お金を出して買った方は熟しすぎていて、噛んだ時のしゃきっとした感覚があまりなく、少しがっかりしました。今日は自宅の庭の一畳ほどのブドウ棚で、ブドウ狩りを楽しみました。無農薬であることは勿論ですが、肥料も一切使用していません。つまりまったく放りっぱなしなのです。それでも律義に毎年実を実らせてくれますし、特に今年は異常に暑かったせいか、そのままで食べても甘くさわやかな香りを漂わせる実を結んでくれました。さっそく大鍋でブドウ液を作り、余った大量のブドウは手で握りつぶして広口瓶に入れ、アルコール発酵するかどうか実験することにしました。これから出来上がったばかりのブドウ液の焼酎割をいただくところです。
秋はいいものです。植物が実を実らせてくれます。もちろん一瞬の内に実るわけではありません。何ヶ月もの時を要します。その間、植物は実りをもたらすためにすべきことを、毎日毎日24時間怠らず行い続けているのです。植物が生真面目にたどるその過程については、私たちは一般的には無頓着です。結果のみにどうしても関心が向いてしまいます。考えてみれば人間は本当に勝手なものです。特に私などはその典型です。全くブドウ棚の手入れなど行っていないのに、収穫の時にだけ、今年の出来はどうのこうのと御託を並べるわけですから。
結果にはそれに至る過程があります。良い結果を得たにせよ、悪い結果を得たにせよ、大切なのはその結果をもたらすに至った過程を、十分に吟味することであり、それが次なることに繋がるのでしょう。理屈では十分に分かっているのですが言易行難です。



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