根白石の伝統的門松は今
- 小林孝男
- 2018年12月31日
- 読了時間: 2分

根白石は伊達政宗の実祖母である栽松院が住み、没後、墓を白石城内に建てたことから、政宗もよく根白石を訪れては満興寺に泊まり、お参りをしたそうです。その様な繋がりがあったためでしょう、仙台城の正月飾りの門松は根白石のものが用いられました。毎年五十基近くを献上することを命じらていましたが、村にとっては負担どころか、大変名誉あることだたのでしょう。「御門松山」(おかどまつやま)を設け、門松用の松を年間を通して大切に育てていました。
そのような歴史を知ったもので、大晦日の午前中に車を走らせ、伝統的な根白石の門松を見学に行ってきました。ただ発見できたのは、満興寺の山門前に飾られていた一基だけでした。商店のご主人に、満興寺以外で伝統的な門松を飾っているところは無いかお聞きしたところ、今年も飾るかどうかは分からないが、可能性があるのは根白石の1軒と実沢の1軒だとのこと。住宅地図をめくりながら、丁寧にその場所を教えてくださいました。その二カ所に実際に行ってみましたが、残念ながらいずれも今年は飾っていないようでした。
根白石の門松は、私たちが一般的にイメージする門松とは違い、背が高くほっそりしています。枝付きの松と枝を切り落とした幹の二本を合わせ、下の方で30本ほどの薪で包み込むようにして土台としています。そして左右の幹は、上部で一本の竹を横木として、しめ縄で繋がれます。とてもシンプルなものですが、しめ縄の中央に飾られる柚子や木炭、そして縄の結び目の作り方にも、いわれがあるのでしょう。そこまでは取材できませんでした。
住民も世代が変わり、伝統的な門松を飾るどころか、根白石と政宗との繋がりや、その繋がりの中で仙台城の門松が根白石から献上されていたということさえ、知らない人たちが増えているようです。歴史が忘れ去られていく過程を、現在進行形で目撃しているような思いがします。



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