終活の必修科目
- 小林孝男
- 2019年3月25日
- 読了時間: 2分

ランサー(三菱)、ランサーEX(同)、コルディア(同)、ミニカ(同)、ゴルフ(VW)、ライフ(ホンダ)、プリメーラ(日産)、プリウス(トヨタ)、そしてNBox(ホンダ)。私の45年間の車遍歴です。9代目の車として我が家にやってきたホンダの軽自動車が、恐らく私の車人生の最後の車種となるでしょう。ずいぶん余計なお金をこれまで使ってきたものです。
新車購入にあたっての私の「大義名分」は、「軽自動車購入を終活の具体的一歩とする」というものです。まあ正直なことを言えば、10年間乗り続けた車に飽きてしまったということだけなのですが、細々と年金生活を送る身分でありながら新車を購入するということには、いささか罪悪感があります。そこで自分自身を納得させ、罪悪感を消し去るために、色々と言い訳を用意しなければなりません。軽自動車にすれば経済的には楽になる、なにせ税金も維持費も保険も高速料金も安くなるのだからとか、これまで乗ってきた車には装備されていなかった誤発進抑制機能や衝突軽減ブレーキ、その他のセイフティーアシスト機能が充実していて、高齢者に適しているとか。もちろん厳密に経済のことを考えるのであれば、前の車を乗りつぶした方がずっと経済的でしょうし、加齢による運転事故がそんなに心配で自信がないなら、運転そのものをやめた方がよほど良いのですが、そういった正論にはあえて目をつぶります。あくまでも本音をカモフラージュするための大義名分でした。しかし、よくよく考えれば、案外この大義名分、私の意図に反し正解なのかもしれません。
残されたこれからの人生は、「物」によって生み出される架空の価値から自由になることを願います。素晴らしい「物」を持っているから、自分も何か素晴らしい人間であるかのように勘違いし、劣った「物」を持つゆえに自らを劣った人間と思い込むといった、「物」によって自分の価値が左右されるような世界とは、もう決別していい「人生の時」を私は迎えています。私たちは皆、裸で母の胎を出て、何も持たずに裸でこの世を去っていきます。大切なことは、裸の自分の中に、「物」によって左右されることのない尊い価値や素晴らしさがあることに気付くことなのでしょう。そしてそれは終活の必修科目です。終活の基本は、自分の身にまとわりついているたくさんの「物」を、一つひとつはぎ取りながら、裸の自分の中にある希望の輝きを少しずつ鮮明にしていくことです。
物欲にまみれた私には、車という「物」を一挙にはぎとってしまうことは困難ですが、せめて軽にすることで、少しは身軽になろうと思います。やはりNBoxは私にとって終活の具体的第一歩でした。



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