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歩きながら考える

  • 小林孝男
  • 2019年5月18日
  • 読了時間: 2分

 ノルディックウォーキングで使用するポール(スキーのストックのようなもの)の先端には、金属のスパイクが1本取り付けてあります(芝生や地面歩行用)。舗装された道を歩く時は、ポールの先端部分を覆うゴムパッドを付け、スパイクを無力化しなければなりません。そうしないとポールが滑って、推進力が生まれないのです。私が通常歩くコースは舗装道路ですので、ノルディックウォーキングを開始してからポールのパッドは付けっぱなしでした。

 そんな状態で昨日もウォーキングをしたのですが、何かポールの調子が悪く、歩くたびに違和感があります。もしやと思いパッドを見たところ、案の定、左右どちらのパッドも接地面が摩耗して穴が開き、ポール先端の金属スパイクが顔をのぞかせていました。計算してみると、40日で290kmほど歩いたことになりますので、穴が開いて当然なのでしょう。

 小さなゴムの器具なのですが、それを付けなければ、ポールは舗装道路では役に立ちません。パッドにしてみれば、全く目立たない場所で「ご主人」のウォーキングを文句も言わずに黙って支え、身を削りながら推進力を必死に生み出し、縁の下の力持ちとして役に立ち続けてきたのに、一生懸命働き続け我が身に穴が開いてしまえばお役御免でお払い箱、自分のポジションは真新しい「新人」に譲るしかないのです。何と割に合わない存在なのでしょう。そんな感情移入をしてしまったせいでしょうか、お役御免のパッドを捨てられずにいます。何か再利用の方法がないものか思案中です。

 人間を「モノ」としか見ないような価値観のもとでは、私たちの社会の中でもパッドの不条理がまかり通ってしまいます。私たちは「モノ」ではなく「人間」です。一人ひとりが掛け替えのない価値を持った存在です。そんな当たり前のことを認め合い、大切にする社会であるために、私は何をすべきなのでしょう。歩きながら考えなければなりません。


 
 
 

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