爽やかな風を受けながら
- 小林孝男
- 2019年10月7日
- 読了時間: 2分

吉成市民センターの講座で、国見ケ丘にある河北山臨済院弁財天堂を訪れました。臨済院は仙台藩4代藩主伊達綱村が、自分の廟所とするため、仙台城下角五郎丁に開堂させた黄檗宗の禅寺です。1701年のことです。その10数年後に、五代藩主吉村によって吉成の地に移転・拡張されることになりました。伊達政宗が正に国見を行った地であり、お狩場が広がる由緒ある領域です。仙台城下から見れば大変辺鄙な場所ですが、この地が選ばれたのにもそれなりの理由があったのでしょう。当時の臨済院は境内に塔頭(たっちゅう)が10ヶ院、また末寺を23ヶ寺も有する大寺院で、寺格も「着座」の待遇を受けていました。藩主の参詣もあったようです。
現在、臨済院の面影を残すものは弁財天堂と堂地、そしてそれに続く臨済院公園(以前本堂などがあった地域を、発掘調査後整備)だけです。お堂は仙台市の文化財に指定されていますが、お堂と公園は弁財天堂修復奉賛会に属するこの地に縁のある22名の「個人」の所有物となっています。中には角五郎丁時代から臨済院に仕えた寺侍のご子孫で、代々この地にお住いになっている方もいらっしゃるとのことで、歴史は生き続けていることを、なんとも実感させられます。
お堂内の逗子の中に安置されている弁財天像は、優しいお顔立ちの女性の神様です( 文化財には指定されていません)。300年以上の時の流れの中で、幾多の人々の喜怒哀楽が溢れた人生をたくさんご覧になりながら、現世ご利益の祈りに一生懸命応えてこられたのでしょう。ボロボロになってもなお、穏やかな表情で鎮座するお姿は、いつまでもこの地域の方々に頼られる存在であり続けようと決意されているかのようです。
なお、堂地から湧き出ている泉水こそが、梅田川の源流となっているのだとか。証明する術はありませんが、一帯の地形からすれば、「中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず」というところでしょうか。市民センターから弁財天堂までの行き帰り、ようやく秋めいてきた爽やかなそよ風を受けながら、心地よい散策のひと時となりました。



コメント