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お花見と核戦争

  • 小林孝男
  • 2022年4月16日
  • 読了時間: 2分

 

 今年の桜はどこも見事でした。いつものウォーキングコースにある200mほどの若い桜並木は、例年になく華麗に咲き誇っていました。家の前の歩道の桜もなかなかの咲きっぷりでした。ということで、今週の火曜日(12日)と水曜日(13日)の二日連続で「独り花見」と洒落こみました。庭にキャンプ用のアームチェアを持ち出し、桜がよく見える場所に陣取り、誕生祝に息子からもらった日本酒と、あては美味さとしょっぱさが際立つ薬来山の沢庵を準備。温かな日差しを贅沢に浴びながら、のんびりとチビリチビリやりました。つがいの鳥が蜜をついばみに来ています。満開の花に埋もれて姿はよく見えませんが、元気なさえずりは絶好のBGMになりました。なかなか乙なものです。ウクライナの方々のことを思うと申し訳なくなりますが、とても平和で長閑なひと時を楽しませてもらいました。

 但し、家の前の桜の花を楽しめるのはせいぜい1週間。その間はいいのですが、後はなかなか厄介です。まず何日間かは、歩道に散った花の始末を毎日しなければなりません。そして緑の葉があっという間に生い茂り、そうこうしている内にいつの間にか季節は秋。膨大な量の落ち葉の始末が待っています。この落ち葉掃きは花を愛でる期間の何倍も続きます。たまに強い北風が吹き、家の前の落ち葉を全てきれいさっぱり吹き飛ばしてくれたりしますが、そんな時は気分も晴れやかになります。ただ、その強風は斜め向かいのお宅の駐車場に、異常なほど大量の枯葉を堆積させてしまうもので、少し気が引けたりします。丸坊主になった桜の木は、冬の寒さに耐えながら春の晴れ舞台の準備を、地道に人知れず行っているのでしょう。

 季節は巡ります。その時々に良いことや悪いこと、楽しいことや嫌なこと、嬉しいことや悲しいこと、色々なことが巡り巡ってきます。すべての事に時があるのだということを、つくずくと思わされます。私ははたして今どんな「季節」を生きているのだろう、来年もこの満開の桜を愛でることができるだろうかと、ふと思ったりします。

 核戦争が起こり、花見どころの世界ではなくなってしまう可能性だってあります。何十億もの人々が懸命に努力を重ねても、一人の人間の狂気が暴走すれば、今の世界ではどんなことでも起こりうるのです。この2か月間で、私たちはそのことを痛感しました。お花見の話から書き始めて、核戦争に繋げて結ぼうなどとは、まさか考えてもいませんでしたが、案外的を射ているのかもしれません。ああ、来年もお花見がしたい!


 
 
 

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