なすべき「何か」をなす
- 小林孝男
- 2022年4月7日
- 読了時間: 3分

4月6日で満72歳になりました。振り返れば平平凡凡の人生でしたが、今の時代、こういった人生もなかなか貴重なのでしょう。なにせ幸いにも戦争も、飢餓も、大病も、失業やリストラも経験することなく、あの東日本大震災でも個人的には大きな被害を受けることなく、また犯罪の加害者にも被害者にもなることなく、ここまで生きてこられた訳ですから。
あえて今現在の私の問題を挙げるとするならば、高血圧症くらいでしょうか。朝の血圧は、上が140~150台、下が90~100台といったところで、そろそろ降圧剤のお世話にならなければなりませんが、まだ踏ん切りがつきません。高血圧にはポリフェノールがいいとのことで、今年になってからは、朝にカカオ95%の苦いチョコレートをふたかけら、夕食の時には安い赤ワイン(スペイン産バルデモンテ)を180ml摂り始めました。夕方にウィスキーか焼酎を楽しみ、夕食時に日本酒をたしなんでいた私にとっては、アルコールを赤ワイン一杯だけにしたことは、それこそ革命的なことです。とは言え別に気負いはなく、たまに息子や友人から日本酒をプレゼントされた時などは、躊躇などせずに喜んで美味しく味わっています。
ウクライナの人々のことを思えば、こんな暢気な文章を書くことができることだけでも、まったく幸せなことです。一人の人間の狂気が、何万という人々にこれでもかという程の耐え難い苦しみを与え、悲しみと絶望をもたらしている現実があります。これは他人事ではないのでしょう。残された人生の中で、自分がこんな経験をすることは決してない、とは言い切れません。平和憲法を掲げる日本ですが、狂気に取りつかれた指導者が、日本にもかつてのように現れてしまう可能性は大いにあります。残された人生の中での私の役割は、そんな日本には決してならないよう、微力ながら「何か」を行っていくことなのでしょう。情報が操作されることの恐ろしさ、言論の自由が制限されることの恐ろしさ、人権が軽視されることの恐ろしさ、これらの恐ろしさは全て戦争につながることを、私たちは今回目の当たりにしました。「これらの恐ろしさ」の芽は、小さなうちに摘み取らなければなりません。私が行うべき「何か」とは、その小さな芽を摘み取る「庭仕事」のお手伝い、といったところになるのでしょうか。
一方、他国から突然侵略を受け、普通の生活が理不尽にも奪い取られる可能性がある世界であることを、今回のことで残念ながら認めざるを得ません。そのような時代だからこそ、私たち国民が高い税金を払って養っている政治家や官僚たちの責任は極めて重大です。彼らはあらゆる能力、あらゆる知恵、あらゆる人脈を駆使して、様々な国々と多面的な深い繋がりや豊かな友好関係・信頼関係を、緻密に、計画的に、そして恒常的に築き上げる働きを行わなければなりません。そこにこそ政治家や官僚たちは命をかけるべきです。私利私欲、党利党略にうつつを抜かす政治家や官僚、軍備増強で平和を守れるなどと夢想する政治家や官僚たちは、私たちの国には不要なのです。
満72歳。なすべき「何か」をなすためにも、健康管理には気を配ってまいります。



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