桃林舎。正解はいかに
- 小林孝男
- 2021年10月13日
- 読了時間: 2分
更新日:2021年10月17日

9月の町歩きの際に歩いた下土樋近くに、知人が住むマンションがあることを後で知りました。なんとなく興味を持ち、現在マンションが建つその場所を調べてみたのですが、大正元年発行の地図によると、そこには「桃林舎」というものがあったようです。「桃林舎」とは一体何なのでしょう?
正体を探るべく、さっそくネットで検索してみました。最初にヒットしたのは、明治22年に創業し昭和43年ごろ廃業した新潟の牛乳屋さん(桃林舎)でした。さらに調べると、茨城では明治11年に石川強という人物が桃林舎(搾乳業)を設立し、翌年にはバターとチーズの製造を開始したとありました。地図で見つけた仙台の「桃林舎」は、新潟や茨城の「桃林舎」と何か関係があるのでしょうか。
さらに検索を進めると、『せんだい市史通信』(第26号)にたどり着きました。その中に明治から昭和初期にかけて仙台市内にあった、27の主な搾乳所の分布図が掲載されていました。但しこれは、この時代に市内にあったすべての搾乳所を網羅したものではありません。分布図には、「桃林舎」という名前は出てきませんが、だからといって搾乳所ではなかったということにはならないでしょう。その図には東皐舎、養生舎、愛光舎(工藤牧場)など、名称の雰囲気が「桃林舎」となんとなく似通っている搾乳所も出てきます。27の搾乳所は市内中心部を避けて、周辺部に散在していることも見て取れます。また、広瀬川が近い場所では、河原に牛を放牧し、草を食べさせていたということも知ることができました。
さて、問題の「桃林舎」ですが、①二つの県で同じ名称の搾乳所があったこと ②仙台市内の搾乳所が分布する円周上に「桃林舎」が位置していること ③広瀬川の河原(七郷河原)が目と鼻の先であること ④漢字三文字の〇〇舎という名称の搾乳所が、仙台にいくつかあったこと。これらを考え合わせると、「桃林舎」は、市内に散在した小規模の搾乳所(牧場)の一つであった可能性が大いにある、との結論に達しました。果たして正解はいかに。



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