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疑うこと・こだわること

  • 小林孝男
  • 2022年2月23日
  • 読了時間: 5分

更新日:2022年3月6日


 歴史的な事柄を調べる際、資料の巻末に年表が付いている場合はとても助かります。歴史の推移が簡潔に整理され、概観できるからです。ただそれに頼ってばかりいると、足元をすくわれることがあります。

 数年前ですが、町歩きの準備のために仙台浸礼教会(現在の仙台ホサナ教会)の歴史を調べた際のことです。『福音 創立130周年記念号』(仙台ホサナ教会発行、2010年)の巻末に、大変よく整えられた年表が付いていて、とても役立ちました。ある教会史の研究者が、仙台ホサナ教会での講演の際に資料として作成されたもののようです。

 仙台浸礼教会は、1880年(明治13)に仙台初のプロテスタント教会として二日町に設立され、その10年後の1890年(明治23)に、別の場所に待望の新会堂が与えられます。このことに関して年表の1890年の欄に、「2.11 仙台浸礼教会会堂落成(北一番丁26)」と記されていました。大正元年発行の仙台市の地図で北一番丁26を探すと、北一番丁と中杉山通の交差点付近であることが分かりましたので、さっそく実際にその近辺を歩いてみました。市の中心部から少し離れた、やけに静かな地域でした。随分不便な場所に新会堂を建てたものだと不思議に感じ、違和感を覚えたのですが、そのまま町歩きは終了しました。

 さて、最近たまたま仙台ホサナ教会の『創立百周年記念小史』(1980年)をパラパラとめくっていた時です。大きな教会堂が与えられるよう祈り求める中で、北一番丁102番地に土地を得て三角会堂(写真)を建てることができたこと、1908年(明治41)には北一番丁95番地に移転したこと、そして移転前の土地は宮城大林区署に有償譲渡したことが記されているページが目に留まりました。先程の地図で確認すると、確かに北一番丁102番地付近(地図では番地までは特定できませんでしたが)に、教会のしるし(「+ キリスト」)が記され、その隣地には「大林区署」とありました。いずれも現在の青葉区役所のあたりです。どうも最初の新会堂は、地図で判断する限り、年表の北一番丁26番地ではなく、『記念小史』の102番地だったようです。

 どうして「北一番丁26」という住所が年表に記されたのか色々考えたのですが、結論としては、年表をまとめた方が、『日本バプテスト史略(下)』(1928)を参照したからだろうということで自分を納得させました。この『史略(上)(下)』の編纂は、バプテストが日本で宣教を開始して50年になる時期に企画された事業の一つで、上巻は1923年(大正12)、下巻は5年後の1928年(昭和3)に上梓されました。編集者の高橋楯雄は本務のかたわら、膨大な史料を収集し、それを整理し、それらをもとに50年間の全国のバプテストの歴史をまとめたのですから、気が遠くなるほどのエネルギーを必要としたことでしょう。そのご苦労は並大抵なものではなかったことは、容易に想像がつきます。期限を区切られた中での作業です。様々な方面から寄せられた史料の点検と吟味に、無制限に時間を費やすわけにもいきません。また、じっくりと校正することもままならなかったでしょう。編集者は「はしがき」の中でこんな風に語っています。「史料の研究には尠からざる苦心と時間とを要した。各方面から送られた或る史料の中に誤りがあった。此為に随分骨が折れた。それで此書物にも或いは誤のあらんことを恐れて居る。仙臺、盛岡の如き教會すら初代の記録がないので、古老から聞いて材料を供給されたような有様であった。」

 そのような中でまとめられた『史略』ですが、日本におけるバプテストの初期の歴史を知る上で、大変貴重で有益な資料であることは間違いないですし、バプテストの歴史を学ぼうとする者は必ず通る資料の道です。ただその際、一定の限界を持った資料であるということを忘れないことが肝心なのでしょう。『史略』には100%正しい歴史が記載されているという思い込みを捨て、間違いが含まれていても当然という立場で、冷静に読むことが大切なのです。恐らく他の文献資料の場合も同様なのでしょう。

 ちなみに『史略(下)』は、仙台浸礼教会の会堂の落成年を「明治二十二年」(1889)と記していますが、実際は明治23年(1890)ですし、会堂の番地を「北一番丁二十六番地」としていますが、『記念小史』に従えば、北一番丁102番地だったと思われますし、それは地図とも合致します。どうも『史略(下)』の記述が、権威をもって独り歩きしてしまっているのでは、などと思っています。

 実際に北一番丁26番地付近を歩いた際に覚えた違和感に、私がもう少ししつこくこだわっていれば、情報が誤っているのかもしれないと、疑問を抱けたのかもしれません。疑うことやこだわることは、真実を探り出すためには大切な姿勢なのです。


(付記)

『日本バプテスト同盟に至る 日本バプテスト史年表』(日本バプテスト同盟発行、2013年)、および本家本元の仙台ホサナ教会のホームページでは、1890年に献堂した仙台浸礼教会の会堂の番地を「北一番丁26」としています。ですから今のところ、それが歴史の「正解」ということになるのでしょう。となると分からないことが三つ出てきます。


1.仙台ホサナ教会の『創立百周年記念小史』のP.8「北一番丁102番地に宅地121坪に畑2畝13歩付の土地を買い、その上に60坪程の教会堂を建てた」の部分は、どう理解すればいいのかという問題

2.もし、北一番丁102も北一番丁26も、同じ場所を指しているのだとすれば、番地の表示方法の大規模な変更が、明治期にあったと仮定せざるを得ない。色々調べたが、まだその事実(時期や内容)をつかめていないという問題

3.もし、北一番丁102と北一番丁26が、同じ場所を指していないのだとすれば、どちらかが間違った歴史を伝えているという問題


ここは「疑い」「こだわり」ながら、なんとか真相にたどり着くことを目指したいのですが、はたしてどうなることやら。

 
 
 

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